イラストレーター宮原葉月のブログです。日々の暮らしを書き綴ります。
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秋田の春

東京では既に桜が咲いていると知りびっくりしました。

秋田はまだ蕾です。

道路脇の桜の木々は、プクっとした蕾をたくさん抱えて、開花をまだかだまかと準備している状態です。

東北の桜の開花は4月中旬以降、GW位。昨年は桜が散るギリギリのタイミングで大慌てで角館に行きました。角館の桜は「元気いっぱい」という印象でした。今年は青森の弘前や、岩手の小岩井農場の一本桜をみてみたいなあと思っています。

(昨年の角館の桜)

今の時期は年度末でお忙しい方も沢山いらっしゃるのでは。私も最後の追い込みをかけ、ひとつひとつ、しっかり絵を仕上げていきたいと思います。

「たそがれ見聞録2」を読んで

一冊の本「たそがれ見聞録2」。

つらい確定申告をしている中の、唯一の楽しみでした。個人的に海外に対して昔ほどの興味が持てない状態なのですが、それでも、小松さんの古布を求めて果敢に現地に入っていく旅の様子に惹かれていきます。もし自分が海外で買い付けをする生業をしていたら・・・とうっとり夢見てしまいます。

著者の小松正雄さんは、先日江戸小紋についてレクチャーしてくださったお方です。(そのときのエピソードはこちら)お店経営をご子息の小松和彦さんに譲られた後、アフリカ、アジアなど海外で精力的に古布や骨董を求めて旅をされています。その旅で起きた数々のエピソードが本にズッシリまとめられた一冊。

まず小松正雄さんが「専業主夫」になられたエピソードに笑ってしまいました。その一言はヒドイ・・・でも言いたくなる気持ちもわかります。

そして「エチオピア編」で買い付けた「エチオピア正教の古いイコン」がとても気になりました。その年にお店(小松クラフトスペース)で「エチオピアのクリスマス展」が開催されたそうです。品物がどんどんなくなってしまうほど大反響だったとか。上のイラストはイコン(聖画)ではないですが、エチオピア独特の描き方をイメージしてみました。

「フェルガナ&キルギス編」
キルギスのフェルト作家から買い付けたフェルト帽30個が秋田で販売されていたなんて・・・もう一度「キルギスフェルト帽フェア」なるものを開催していただけないかしら。

「ガーナ編」
「ガーナの食事は不味い」そう。しかしガーナの人柄はとても真面目なのだとか。「エチオピア編」で書かれていたエチオピア人より付き合いやすい印象を持ちました。同じアフリカでも地域によって様々なのですね。

そして「インドネシア・スマトラ編」。先日の江戸小紋の起源であるインド更紗の古布を買い付けたときのエピソードが紹介されています。滞在中にスマトラ島沖地震(2009年)に遭われています。

この他にも「フィンランド」「ミャンマー」編などが収録されています。
これからも小松クラフトスペースさんではどんなイベントをされるのか目が離せません。詳細はこちらからどうぞ。http://www.komatsucraft.com/caravan.htm

2月も終わり・・・

先週末の風景。これが最後の吹雪だといいなと思います。

秋田では少しずつ晴れの日が増えてきました。11月に入ると曇りの日が続くようになり、太陽がとても貴重な存在になります。

秋田市内は他地域に比べると雪はあまり降らないと聞きます。しかし今年は「雪が多かった」「寒かった」「灯油の減りが早い」という声が多かったので、例年に比べて寒かったようです。

個人的に雪の生活はさほど嫌いではなかったです。(雪かき不要のマンションに住んでいることも大きい)今年は目新しさの方が大きかったように思います。これが毎年になるとしんどくなるのかもしれません。

山菜の「ひろっこ」。初めてスーパーでみたときは沖縄の島らっきょうのミニチュア版みたいでした。ネットで調べてみると「あさつき」「野蒜」など複数ワードが出てきます。塩で炒めて食べました。なかなか美味です。秋田でも野菜が高く、こうした地元産の旬のものがお手頃価格であるととても助かります。

秋田にもやっと・・・

先日秋田・五城目でFさんお別れ会と展示の打ち上げ会があり、夕方外出することがありました。秋田市内から五城目まで、路線バスはすでに終わっていたので秋田駅から奥羽本線で八郎潟経由で向かうことに。時間にして約1時間半。

この日は風が強かった!です。体が飛ばされそうになるくらい。背中から吹かれると足が動いてしまうほど。上のイラストはお腹に強風が入り込んできたとき浮かんでしまいそうと思ったシーン。極寒の風です。

秋田駅から奥羽本線になりました。二両編成。ドアはボタンを押さないと開きません。(寒いので)

窓に吹雪いた細かい雪が張り付く為、外の風景が見にくくなります。それでも、雪の間から目を凝らし、日が暮れ薄暗い中、突風のような吹雪や田んぼの中にポツンポツンみえる家や木々をみていると、郷愁のような?不思議な感傷が生まれてきました。

五城目では、4月に金沢に移住されるFさんから5年間秋田で暮らしたことをいろいろお聞きしたり、これから移住する金沢についても教えてもらいました。金沢ではものづくりを市が手厚くバックアップしてくれる仕組みがあるそうで、新幹線が開通したこともあり、ますます盛り上がっていくのだろうなと思いました。(秋田とは真逆かも・・・?)Fさんは秋田で大いに成長できたそうで、これからのご活躍が非常に楽しみです。

 

なんだか秋田の冬のことばかり書きましたが、スーパーに行くと「ウド」「こごみ」「ひろっこ」など山菜が出始めてきました。まだ外に雪が残っていたり、ときどき吹雪いていたりしますが、秋田にもやっと春がやってきたようです。雨が降ることも多くなってきました。こちらでは雨が降ると「今日は暖かい」となります。

秋田で初めて過ごす冬がまもなく終わります。なんとか乗り切れそうだとほっとしました。

今夏の展示に向けて打ち合わせ・「江戸小紋と更紗展」ご紹介 in 小松クラフトスペース

先週は魅力的な講演が続きました。秋田市主催の夜学「土地の記憶を継承する」は独特な切り口で面白かったですし、秋田公立美術大学で開催された2つの講演もワクワクしました。後者は「秋田でアートマネジメントができる人材を育成しよう」という目的で始まったAKIBI plusプログラムが終わり、「AKIBI plusファイナル」という名の総まとめのクロストークが行われたり、秋田市でこれから市民による拠点(=部活)つくりが始まることに併せて、アーツ前橋の住友さんと社会活動家で秋田市議会議員の武内さんをお呼びした「アキビプラストーク」の一環・「着想の交換〜行動と批評と仲間探し」という講演が開催されました。両講演で印象的だったキーワードは次の通り。「成熟した社会(英国)」「安易に芸術祭を開催するのではなく、まずは市民が秋田の文化を知ることが大事」「借り物ではない、秋田にしかできない芸術祭の可能性(芸術祭は不要?)」「アーティスト・イン・レジデンスは地元の”当たり前”を客観的に捉え直させてくれる」「リサーチオンリーのセンターの可能性」「アートマネジメントの人材育成:専門的な美術の勉強は不要、多種多様な人材でOK 寺子屋のようなもの」「”アート”に代わる言葉探し」など。

 

話が長くなりましたが、とにかく直近で面白い講演イベントが続き、私も大いに刺激を受けました。昨年一年間で様々学んだことと、自分がやりたいことと、自分でできるものを合体させたところ、インスピレーションがふっと空から降りてきました。夏に小松クラフトスペースさんで開催されるイベントで、私も作品を数点出品させていただけることになり、せっかくならば同地だからこそできるものを!と考えたのです。県立図書館へ赴き資料を集め、昨日小松さんご夫妻と打ち合わせをしました。奥様にアイデアをお伝えしてみたら、おもしろいと言っていただけました。よかった!そして小松さんにそのテーマについて色々教えていただきました。余談ですが打ち合わせ中面白かったのは、小松さんの知識量が半端ないので(しかも私が大いに興味あるテーマで)話の脱線が脱線を呼び、「あれ?今どこに居るのかな」くらい収集がつかなかったことが多々あったこと。とにかく面白いです。小松クラフトスペースさんという空間は居心地が素晴らしい場所でした。

私が制作するテーマは、すぐにはできないもの。しかし、小松さんに教えて頂きながらライフワークとして年単位で進めていこうと思います。

そして9日(金)から「江戸小紋と更紗展」が小松クラフトスペースさんで始まります。店舗の一部がリニューアルされたので、来店されたお客様が口々に「広くなった」とおっしゃっていました。

準備中の2階の展示スペースに伺うと小松さんのお父様が「江戸小紋」についてレクチャーしてくださいました。

染の型紙。和紙で作られ、柿渋が塗られています。着物の中でも「江戸小紋」を作ることができるのは全国で数名しかおらず超エリートな分野なのだそうです。和紙を作る人、柿渋を塗る人、型紙を彫る人、染める人、分業制で行われ、携わる人には人間国宝の方々もいらっしゃいます。

この線は究極に難しいそう。1cm幅に10本ほどの線があり、1本0.5mmくらい。型紙を作るのも大変ですし、12mほどの反物に小さい型紙を80回ほどずらし染めていくのは究極に難しいのだとか。

江戸小紋の起源は、インドから持たされた「更紗」なのだそう。

400年前のインド更紗。木版プリントで作られています。17世紀以降に南蛮船などが持ち込んだことがきっかけで日本に伝わりました。日本人は木綿に驚き(当時はゴワゴワの麻が主流)、そして染めの技術にも驚いたそうです(当時は麻の織りもの)。インド更紗は大変貴重で、茶道の道具入れなど一部の上流階級の人にしか使うことができなかったとの事。火縄銃に木綿の縄が必要となり、ここから一気に国内で木綿栽培が広まったとか。

仙台の伊達政宗は、インド更紗で作った立派な羽織を重要な場面で着ていたそうです。似たような貴重な羽織を小松さんのお父様から拝見させていただきました。その当時をイメージしてみて、伊達政宗の姿を見た市民はそれは驚いただろうと容易に想像できます。見たことがない文様、質感、鮮やかな茜の赤。またヨーロッパで作られた銅板更紗を裏面に、表面には真っ赤の生地で作られた羽織もみさせてもらいました。更紗をわざと裏地に使い、チラみせさせるのは「江戸の粋です」との事。おお!

江戸小紋は、参勤交代で江戸に集まる各藩の武士たちが他と区別するため個々の柄を定めたことがきっかけです。なぜか柄が細かければ細かいほどかっこいいと考えられるようになり、今のように細かい柄になったとか。

秋田では綿花が栽培できず、北前船で運ばれる江戸で使われたボロボロの木綿更紗を購入していたそうです。ボロボロの更紗を使うために生まれたのが「刺し子」です。穴が開いたボロボロの木綿を重ね合わせ、糸で縫い付けていきました。津軽の「こぎん刺し」が有名ですが、秋田にも由利本荘市に「本庄刺し子」があるそうです。こぎん刺しは模様のように縫われていますが、本庄刺し子はひたすら直線に縫うというシンプルな形式みたいです。

運がよかったら小松さんのお父様に上記のようなレクチャーをしていただけるかもしれません。

上の写真は展示で販売される江戸小紋の着物。半円の細いキリのような道具で一点一点型紙を掘って作られたもの。こちらは「極通し(細かいほど高級)」、しかも職人の手によるもの。撮影用でモデルさんが数回(1〜2回?)着たものなので、通常ですと40-50万するものが20万くらいで販売されるそうです。ご興味ある方は是非!

18日(日)には「最後の川反芸者・若勇さんの舞を見る会」が開催され、昭和4年の花柳界雑誌「美人の秋田」を復刻された小松さんによるミニレクチャーもあります。(会費1000円、要予約)「美人の秋田」は当時の貴重な資料として私も持っています。

ちなみに「秋田県の遊郭跡を歩く」(カストリ出版)が人気でまもなく完売になるそうです。この本は調査していく小松さんの立場になったかのようにワクワクしながら読み進めることができ、しかも秋田の栄枯盛衰の歴史がすんなり頭に入ってきます。私の愛読書です。

 

店舗リニューアル記念企画「江戸小紋と更紗展」
2月9日(金)〜3月3日(土)
小松クラフトスペース
http://www.komatsucraft.com/

<ご報告>秋田・五城目調査ツアー

先月28日(日)に秋田・五城目で開催された『ど思ったば、カケラだった。』展が無事終了しました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
今回は前年に行ったトークイベントを開催しませんでしたが、前年を上回る方々が来てくださったのではとのこと。最終日に五城目調査ツアーがありましたので、展示の様子と合わせてご紹介します。

この週に展示された手動のバリカン。五城目のメインストリート沿いにある「理容・日の出」さんにお借りしたものです。江戸の髪結いの頃から続いている日の出さんには、お父様、お爺様より伝わっている貴重な理容道具があります。

髭剃り用のナイフ。替刃はなく、刃が本体とつながっています。切れ味抜群なので取扱注意です

革砥。ナイフなど鋭利な部分を研ぐための皮。日の出さん店内に数枚ぶら下がっておりました。今は使われていないそうです。
この度は貴重なお品をお借りさせていただき、日の出のKさん、ありがとうございました!(お借りできた経緯はこちらからどうぞ「vol5.五城目を博物館に見立てるなら」

そして、最終日の午前中に第三回目のツアーが開催されました。この回もなかなか面白い内容となりました。

ツアーガイドを五城目在住のMさんと一緒に担当しました。その為に五城目出身の作家・矢田津世子のことや、坂口安吾との二人の関係や、二人が生きた時間・歴史的背景を調べました。以下は津世子について調べた内容です。

幼い頃に上京して以来、秋田に戻らなかった
大正4年、津世子は小学生の時に秋田・五城目を家族とともに離れ東京に移住。それ以来秋田には戻っていないが、彼女の小説に秋田に関わることが多々出てくる。
日本の戦争に翻弄された
当時日本が韓国併合など戦争の準備を始めた頃津世子は生まれ、終戦の前年に肺結核の為36歳でこの世を去る
まさに戦争の時代と重なる。5.15事件が勃発し犬養毅首相が暗殺され政党政治の終焉を迎えた年に、非合法団体に寄付したかどで特高に逮捕される(津世子25歳)。そのことが原因で病気がちになったとか
二人の出会い
昭和7年、安吾は津世子の一歳年上。二人が出会ったのは津世子が25歳、安吾が26歳のとき
二人の関係
安吾が津世子に「聖女」として惚れ込むが、当時津世子にはパトロンの男性がいた。安吾は津世子を忘れるのに苦心した
二人の関係 その2
安吾と津世子はプラトニックな関係であった
人生のすれ違い
二人が出会った当初、安吾が新進気鋭の作家として注目されており、一方津世子は文壇デビューしていたがコント小説ばかりであった。津世子は純粋に安吾に惹かれたのか、または彼の力を借りたかったのか。その後津世子はよい師匠と出会うことができ、芥川賞候補になるほど力をつけ、ベストセラー作家となる。知名度は安吾のそれを超え、二人の別れにつながった要因の一つとなったらしい
戦後の安吾
昭和19年、津世子が亡くなり、日本は終戦を迎え、安吾はブレイクし人気作家となる。しかし常用していたヒロポンなどで心身ともにボロボロになり、48歳に脳出血で亡くなる

このような情報を頭に入れ、五城館にある矢田津世子文学記念室をツアーのみなさんと訪問しました。びっくりしたのは、ツアーに参加してくださったSさんが坂口安吾の遠縁のご関係でした。(言われてみると、眼鏡をかけたSさんとどことなく似ているかも・・・)何かが二人を引き合わせたのでしょうか。

安吾の津世子宛のハガキや手紙を同地でみることができ、津世子のことを好きだったことが偲ばれます。

津世子には「非常にストイックで生真面目」という評価と、「自身を作家として売り出す為文壇に力を持つ人々を利用した”悪魔”」と正反対の評価があり、どちらに近いのだろうか突き止めようとしましたが、手紙だけでは確信を持つに至りませんでした。彼女の本を読みこまないとだめみたいです

 

そして記念室を出て、二件目のやまひら薬店さんに向かいます。

やまひら薬店さんについて
やまひら薬店さんは2017年末まで続いた老舗薬店(100年以上と言われている)です。現在の湖東厚生病院(八郎潟町川崎地区。昭和40年代に現在地に移転統合)がかつて近隣にあった当時は24時間営業していたことも。秋田県立博物館の学芸員さんよると、当時の「薬店」では薬剤師が常駐せず店主がお客との対話で処方を決めていたそう。薬事法の規制により現在は「薬店」という形態はありません。

やまひら薬店の奥様は芸術文化に明るく、現役当時は陶芸、茶道、能舞など他分野に通じておられ、収集した書画などとともにご自身の創作品を多数収蔵されています。当ツアーでは貴重な作品をみんなで拝見させていただきました。私は前回も拝見させていただいたのですが、今回もほおっと感動。他の参加者は初めてですからびっくりされたのではないでしょうか。奥様の、今でも私以上に旺盛な好奇心をお持ちだったり、お人形を作られたり能面の絵を描かれたり、元気溌剌なお姿が印象的でした。

昨年に閉められた薬店も見学させていただきました。

お店のご主人によると六神丸はまだあるそうです。京都のお店みたいです。

奥様とのお話の中で印象的であったのは、前回のツアー先であった「高性寺」さんと家系的につながりがあること、また五城目に居た頃の矢田津世子のことをご存じだったこと。「今の五城目には津世子を知る人が居ない。(奥様は先の記念室を作ったメンバーで)あの記念室を作るのに苦労した」とおっしゃっていました。

ギャラリーものかたりに帰ると、共にガイドを務めたMさんがカレーうどん鍋を作ってくださり、参加のみなさんにふるまわれました。昨年9月に開催された「大人のなべっこ遠足」プログラムでカレーうどんを作った班(なぜか男性だけの班)があったからです。Mさんのお鍋は、おいしい蕎麦屋さんで食べることができる和風カレー出汁のようなお味でした。今回はかつおとこんぶ出汁。無事ツアーを終え安心しきってしまった為、うっかり写真を撮ることを忘れてしまいました・・・東京から移住されたKさん、ドイツに留学したことがあるKさん、安吾の遠縁であるSさんなど皆でうどんを食べながら、ストーブを囲いつつ諸々のお話をさせていただきました。楽しかったです。

 

五城目のプログラムが終わりさみしい限りですが、素敵な方々とご縁をいただき、また今までにない価値観を知ることができ、参加できて本当によかったとしみじみ思います。ここで学んだことをベースに、次の個人的プロジェクトに向けて動き始めています。簡単にはうまくいかないでしょうが、トライアンドエラーでやっていきます。

<ご報告>1月に秋田市内で行われた講演のこと 生まれて初めてのスピーチ

1月最終日。12月頃から「1月を乗り切ることができるだろうか」とどきどきしていたのですが、本日最後のお仕事を入稿した今、安堵の気持ちでいっぱいです。なんとか大事な全てを乗り切りましたー!ほー!

先日開催された”つくる”人に向けての講演会『CaT vol1』 「Create and Think」(つくる、そして、かんがえる) について報告いたします。前回のブログ記事はこちら>>http://5.hacco.hacca.jp/?eid=1414260

当初私的な勉強会というイメージでしたが、当日蓋を開けたら満員御礼の会場でスピーチするというとんでもない状況になっていました。

最初にスピーカーの方々のお話を聞き、感じたことを書きます。

<1>「ウェブサイト制作現場におけるAdobe XD導入事例」
雲雀さん (株式会社トラパンツ)

かつて自分がよく使っていたFireworksが今ではあまり使われなくなったことに時間の流れを感じました。雲雀さんのスピーチで「Adobe XD」が紹介されました。初めて聞く言葉。どうやら打ち合わせ時に画像やら簡単なデザインやらお客様とイメージ共有にとても便利なソフトらしいです。私の場合は打ち合わせ時に落書き帳にささっとイラストを描きますが、「それだけではよくわからない」と言われたこともあり、情報共有の方法としてXDを知っておきたいと思いました。

<2>「秋田在住イラストレーターの生き残り術」
宮原

イラストレーターになるための講座はよくありますが、今回は自分がイラストレーター7年目をむかえたこともあり、「ずっと続けていくため」に特化し(流行などの影響を受けやすく持続が難しい職業だと考えて)、実際のお仕事のサンプルを交えてスピーチしました。スピーチした直後に自分で言った台詞がそのまま仕事上で我が身にふりかかり、苦笑いをすることがありましたが、「リアルなことをお伝えできた」と自負しております。

<3>「ついに日本で発売!スマートスピーカーの『Amazon Echo』は一体なにができるの?」
阿部さん (株式会社necco)

設営の際スマートスピーカーのアレクサがなかなか反応してくれなかったのですが、本番ではバッチリ。感応度がよすぎて阿部さんによる説明時の「アレクサは・・・」で反応してしまう程。これからは声によるデザインが入ってくるのだなあと不思議な感覚になりました。近い将来「アレクサ、テレビをつけて!今日は泣けるやつがいいな」「電気をつけて、暗めにね」「鍵閉めておいて」など声で指示することが当たり前になるのかしらと思いました。

<4>「短時間で飛躍的に英語力が向上する英語教室(特別編)」
鷹野さん (株式会社スイッチ)

まさに「英語を習得できる具体的な方法」だと思いました。字幕付きの映画をみたり、英語で日記をつけたり、英語の言い回しで「穴」をあけたり、、、英語を話さなくてはいけない状況に追い詰められたとき、やってみようという思うものばかりでした。この日初めて鷹野さんとお会いしましたが、話し方、お客様に楽しんでもらう方法、講演をブラッシュアップしていく厳しくも情熱的な心構えに個人的にとても勉強になりました。

まもなく自分の番がやってくるガチガチのとき、鷹野さんには「マイクを手に持ち、近づけて話すだけで上手に聞こえるから」と教えてもらいました。そしてその通りにスピーチしたところ、様々な方に「宮原さん、初めてとは思えなかったよ」と言っていただけました。壇上までご自身のお水を届けてくださったり、iPadでイラストを描くソフトを教えてくださったり、お気遣いも半端なくすごいお方でした。そしてみなのスピーチのブラッシュアップに沢山のアドバイスをくださいました。全国にファンの方がいらっしゃるのも頷けます。

 

スピーチが終わった後、いろいろな方とお話しさせていただきました。アンケートも拝見し、「伝わっていて嬉しい」と思うことが多々あります。「強い」というキーワードが散見され、最初意外でびっくりしましたが、ふと家族に支えてもらって初めてこんなにたくさん挑戦できるのだと思いました。家族に感謝です。

若い女性の学生さんもいらしてくださり少しですがお話しさせてもらいました。私もイラストレーターになるまでにたくさんの貴重なアドバイスをもらったので、その頃を思い出しつつ(若くはありませんでしたが)、生き抜くための使えるアドバイスができたらと思いました。

また秋田のデザイナーさんと色々お話しさせていただき、なぜか以前のお仕事「青森県のせむし男 舞台告知フライヤーイラスト」を知ってくださっていました。舞台演出家・本多ハルさんと大阪のデザイン事務所・G_graphicsさんとのお仕事。私のスライドをみてくださり、「青森県のせむし男の人だ」と繋がったとのこと。感激です。

秋田では広告や雑誌などイラストはあまり使われないのですが(と感じていて)、他の地域のように、ひとつの手段として考えていただけるような活動をしたいなと思いました。

初めてパワーポイントで50枚以上のスライドを作り、それについてお話しするスピーチという経験は大変なものでしたが、やってみてとても面白く、勉強になりました。一番びっくりしたのは、予定の20分ちょうどにスピーチが終わったこと。これも沢山のアドバイスと練習を積み重ねた奇跡かもしれません。

ご来場いただいた皆様、応援してくださった皆様、そしてneccoの皆様、スピーカーの皆様、素敵な時間をご一緒させていただきありがとうございました!

<秋田・五城目展示>次回1/28(日)ツアー予告!

1月11日から秋田・五城目のギャラリーものかたりで開催されている『ど思ったば、カケラだった。』展が今週28日(日)にいよいよ終了します。そして最終日の午前中に最後のツアーが開催されます。

この日のツアーのラインナップは下記の通りです!

<矢田世津子の世界>

五城目が生んだ美貌の作家、矢田世津子について学びます。五城館内にある矢田津世子文学記念室を訪問。彼女は1936年に小説『神楽坂』が第3回芥川賞候補になりました。室内では「堕落論」「白痴」などで当時人気作家となった恋人・坂口安吾との手紙のやりとりを閲覧することができます。ガイドを務めるMさんの「矢田世津子の恋バナを知っていただきたい!」という強い思いで実現しました。

<老舗のやまひら薬店さんを見学>

やまひら薬店さんは2017年末まで続いた老舗薬店(100年以上と言われているが詳細は不明)です。現在の湖東厚生病院(八郎潟町川崎地区。昭和40年代に現在地に移転統合)がかつて近隣にあった当時は24時間営業していたことも。秋田県立博物館の学芸員さんよると、当時の「薬店」では薬剤師が常駐せず店主がお客との対話で処方を決めていたそう。薬事法の規制により現在は「薬店」という形態はありません。

またやまひら薬店の奥様は芸術文化に明るく、現役当時は陶芸、茶道、能舞など他分野に通じておられ、収集した書画などとともにご自身の創作品を多数収蔵されています。当ツアーでは貴重な作品を拝見させていただきます。

<お昼頃、料理のプロによる鍋を試食>

前回は王道のきりたんぽ&だまこ鍋を試食しました。だまこをみんなで丸めて作った本格派でした。今回は何鍋になるかお楽しみに!

 

『ど思ったば、カケラだった。』展 
日時:1月11日(木)―28日(日) 
※毎日曜日(14・21・28日)午前中にツアー開催(予約不要・無料) 
会場:ものかたり(秋田県南秋田郡五城目町) 
http://akibi-plus.jp/topics/2200/

<秋田・五城目展示>ツアー報告・次回ツアー予告!

東京は4年ぶりの雪が降ったそうです。秋田では毎日雪が降るので慣れますが、東京では大変だと思います。どうかお気をつけて。

 

さて、今月28日まで開催されている秋田の五城目で『ど思ったば、カケラだった。』展の第2回目ツアーが14日(日)に開催されました。この日は

・大根絵馬で知られる高性寺さん
コレラから五城目町を守ろうとした男性のお話、戸を開けてはならない秘仏と大根絵馬のお話など

・シュバイツアー博士を手伝った高橋医師夫妻のお話

・お菓子の松月堂さん

なべっこ試食
を調査してきました。

そもそもツアーを開催する大きなきっかけは、AKIBI Plusの授業で実際に「五城目町はまもなくダムの底に沈みます。沈む前に、あなた方は調査員になり、この町で残したいものをみつけてきてください!」という秋田県立博物館の学芸員さんから命を受け、本当に調査員になったつもりで行ったツアーが面白かったからです。そのことを綴ったレポートがこれです↓http://akibi-plus.jp/page/gojyome2017/pdf/AKIBIplus2017_Gojome_ArchiveReport_05.pdf
(聞き取りが苦手な私が根性で聞き取った渾身のレポート!現代アートのエッセンスがてんこもりです)

ツアーに参加される方に、調査員として、五城目を博物館に見立てて調査する為のマップをお配りしています。どんどん書き込んでいただきたい。

 

10時半に会場のギャラリー「ものかたり」を出発。

五城目メイン通り沿いの薬局前の名物・サトちゃん。この日は寒かったので毛糸の帽子と服を着せてもらっています。

高性寺さんに到着。ご住職からA4にプリントされたものを頂きました。ご住職のお話がとても面白く、もっとお聞きしたかったほど。下記に簡単ですがまとめてみました。

・平安時代に森山(五城目にある山)の沢に建立される。山岳信仰の修行の場であった
・その後他の地を経由し現在の場所に移転
・戦国時代に山形から落ち武者達が流れてきて檀家が増えた
・明治時代に五城目でコレラが流行り、コレラを恐れて山に逃げる者も居た。そんな状況にも関わらず村の隔離対策等、率先して陣頭指揮を行った警察官(県外出身者)がいた。しかしながら彼はコレラに罹り亡くなってしまう。後日村人達は、命を顧みず村の為に尽力してくれたことに感謝し、彼の記念碑を境内に建てた。お墓は秋田市内にあり、ご住職は探して訪れたとのこと。「もしその警察官が頑張ってくれなかったら、もっと多くの人が亡くなっていたかもしれない。先祖がいなかったら私は存在しなかったかも」と五城目在住のMさんは口にした。
・昭和に茅葺屋根を現在の銅板に改築

また数々開催される年間行事の中で、6月の相撲大会と8月の舞囃子の夕べが有名なのだそう。

普段は拝見することができない、貴重な日本の神様の像も見させていただきました。

最後に、有名な大根絵馬を拝見しました。町の有形文化財に指定されたものが2つあるのですが、みんなでどれだろうかと選んでみたり。なぜ大根絵馬が沢山あるのかとお聞きしたところ、ガネーシャをルーツに持つ大聖歓喜天様を祀っているからとの事。大聖歓喜天様は大根が大好きなので、商売繁盛、子孫繁栄を願って昔からたくさんの大根が納められてきたそうです。ちなみに大聖歓喜天様が収められている箱を開けてはならないそうです。ご住職もまだ開けられないとおっしゃっていました。

渡辺時計店さん方々からシュバイツアー博士の助手として活躍された、五城目出身のご夫妻のお話をお聞きしました。医師の高橋攻(いさお)さんと妻・武子さん(五城目出身)は、東京オリンピックが開催されている頃にアフリカのガボンに渡り、シュバイツァー病院で働いていました。ちなみにシュバイツアー博士はパイプオルガンのプロの演奏者であり、高橋功さんはギター奏者でもありました。二人はガボンから帰国後、世界の著名な演奏家を日本に招く活動もされていたそうです。武子さんがまもなく亡くなろうとしていた時、世界的に著名な方が武子さんの曲を作り贈ったそう。当ツアーでギタリスト・村治佳織さんのCDでその曲を聴かせてもらいました。

渡辺時計店のお二人は情熱的に高橋夫妻のお話をしてくださるので、私も嬉しくてどんどん聞き入ってしまいます。

※五城目コーディネーターYさんから補足情報を頂いたので下記にご紹介します!

シュバイツァー博士はアフリカでの献身的な医療活動と、その資金援助のためにヨーロッパでパイプオルガンの演奏活動を行い、1952年にノーベル平和賞を受賞しました。高橋医師はシュバイツァー博士の信念に惹かれ夫婦でガボンに渡りました。

またシュバイツアー博士の母国・ドイツと五城目をつなぐ偉人をもう一人紹介します。シュバイツアー博士と同時期を生きた五城目出身の木村謹治(きんじ)さんです。1937年に日本最初の和独辞典を作られました。研究員時代にベルリン大学へ留学し、ゲーテを中心にしたドイツ文学の研究に打ち込んだそう。wikiによると「それまでの日本では、ゲーテは「ギョエテ」「ゴエテ」「ゴーチェ」などとさまざまに呼ばれていたが、それを「ゲーテ」という呼び名に落ち着かせたのは謹治である。」とのこと。

五城目から凄い方々が出ていたことにびっくりです。

最後にお菓子屋の松月堂さんへ。お話を聞く前に、参加者のみなさんがたくさんお菓子を買います。松月堂さんのお菓子はとても美味しいのです。

「いそのめまんじゅう」の名前の由来をお聞きしたり、菓子組合の木箱(昭和41年と明治20年のものがマトリョーシカのように収まっている)を拝見したりしました。

ギャラリーものかたりに帰還!料理のプロ・Mさんの「鍋っこ」をみんなでワイワイ試食します。Mさんのお鍋は出汁が大変美味しく、何が違うのだろうと不思議でしたが、よくお店で売っているスープにはいろいろアミノ酸などが添加されていますが、Mさんのお鍋は余計なものは入らず、鳥を丸ごと煮込むのだそうです。首を折っておくと、そこからいい出汁が出るそう。この日も最高に美味しかったです。次回はアレンジ鍋か納豆汁か、お楽しみに。

次回予告!最終ツアー!

1月28日(日)10時半頃 ものかたりを出発。予約不要・無料
五城館内にある矢田津世子(やだつせこ)文学記念室を訪問。美貌の女流作家の、坂口安吾との恋のお話がメインになりそうです。その後、五城目内の薬局屋さんを訪問。個人宅なのですが結構びっくりされると思います。
※矢田津世子
五城目出身。1936年に小説『神楽坂』が第3回芥川賞候補になる。美貌。特高に連行されたことも。坂口安吾の恋人で、二人の恋文などみることができます。

『ど思ったば、カケラだった。』展
日時:1月11日(木)―28日(日)
※11・12日は公開設営
※毎日曜日(14・21・28日)午前中にツアー開催(予約不要・無料)
会場:ものかたり(秋田県南秋田郡五城目町)
http://akibi-plus.jp/topics/2200/

1月16日(火)、秋田市内でイラストについて講演します!

突然ですが、「秋田在住イラストレーター 生き残り術」というテーマで講演することになりました。

講演のきっかけは、秋田にDTPやウェブサイト制作など、20年以上、第一線でご活躍されている株式会社スイッチの鷹野 雅弘さんが来られることでした。凄い仕事を沢山されていたり、東京へ頻繁に出張されていたり「なぜ秋田にいるの?」と不思議に思うほどのデザイン事務所兼代理店のneccoの阿部さんから「宮原さん、今度勉強会をやるのでイラストについて発表してもらえないか?鷹野さんが来秋されるのでぜひ!」とお声をかけていただきました。勉強会での発表というイメージでしたが、蓋を開けてみて驚きました。なにやら想定以上の状況になっていたのです。

neccoさんの世界と私の世界とは被らない部分もあり、知らない単語が飛び交います。「Amazon Echo」 「Alexa」 「XD」 「Sketch」 「in Vision Studio」「Word Press」・・・もう、未知です!!!

とはいえ、同じつくる者同士、neccoさんと一緒に作り上げていくことは大きな刺激になるはずですし、勇気をもって参加させていただこうと思います。やるからには、イラストレーションに興味がない方でも興味をもっていただけるよう、講演内容を作っていきます。

秋田市内にはイラストレーターになりたい!という方は多くはないと思うのですが、少しでも興味がある方や、イラストレーターを使ってみたいと迷っている方もいらっしゃるかもしれないので、その方々に向けて、熱く発表させていただきます。

お申込みはこちらからどうぞ。学生割引もあるそうです。
https://create-and-think.doorkeeper.jp/events/69309

『CaT』
「Create and Think」(つくる、そして、かんがえる)

2018-01-16(火)18:30 - 20:30
中央市民サービスセンター「センタース」3階 洋室4(秋田市山王一丁目1番1号)


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日本だけでなく世界に向けて、私が絵にこめる思いを伝えたく表記しています。独学の故、決して正確な表記ではありませんので、どうかご了承ください。