イラストレーター宮原葉月のブログです。日々の暮らしを書き綴ります。
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<ご報告>秋田・五城目調査ツアー

先月28日(日)に秋田・五城目で開催された『ど思ったば、カケラだった。』展が無事終了しました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
今回は前年に行ったトークイベントを開催しませんでしたが、前年を上回る方々が来てくださったのではとのこと。最終日に五城目調査ツアーがありましたので、展示の様子と合わせてご紹介します。

この週に展示された手動のバリカン。五城目のメインストリート沿いにある「理容・日の出」さんにお借りしたものです。江戸の髪結いの頃から続いている日の出さんには、お父様、お爺様より伝わっている貴重な理容道具があります。

髭剃り用のナイフ。替刃はなく、刃が本体とつながっています。切れ味抜群なので取扱注意です

革砥。ナイフなど鋭利な部分を研ぐための皮。日の出さん店内に数枚ぶら下がっておりました。今は使われていないそうです。
この度は貴重なお品をお借りさせていただき、日の出のKさん、ありがとうございました!(お借りできた経緯はこちらからどうぞ「vol5.五城目を博物館に見立てるなら」

そして、最終日の午前中に第三回目のツアーが開催されました。この回もなかなか面白い内容となりました。

ツアーガイドを五城目在住のMさんと一緒に担当しました。その為に五城目出身の作家・矢田津世子のことや、坂口安吾との二人の関係や、二人が生きた時間・歴史的背景を調べました。以下は津世子について調べた内容です。

幼い頃に上京して以来、秋田に戻らなかった
大正4年、津世子は小学生の時に秋田・五城目を家族とともに離れ東京に移住。それ以来秋田には戻っていないが、彼女の小説に秋田に関わることが多々出てくる。
日本の戦争に翻弄された
当時日本が韓国併合など戦争の準備を始めた頃津世子は生まれ、終戦の前年に肺結核の為36歳でこの世を去る
まさに戦争の時代と重なる。5.15事件が勃発し犬養毅首相が暗殺され政党政治の終焉を迎えた年に、非合法団体に寄付したかどで特高に逮捕される(津世子25歳)。そのことが原因で病気がちになったとか
二人の出会い
昭和7年、安吾は津世子の一歳年上。二人が出会ったのは津世子が25歳、安吾が26歳のとき
二人の関係
安吾が津世子に「聖女」として惚れ込むが、当時津世子にはパトロンの男性がいた。安吾は津世子を忘れるのに苦心した
二人の関係 その2
安吾と津世子はプラトニックな関係であった
人生のすれ違い
二人が出会った当初、安吾が新進気鋭の作家として注目されており、一方津世子は文壇デビューしていたがコント小説ばかりであった。津世子は純粋に安吾に惹かれたのか、または彼の力を借りたかったのか。その後津世子はよい師匠と出会うことができ、芥川賞候補になるほど力をつけ、ベストセラー作家となる。知名度は安吾のそれを超え、二人の別れにつながった要因の一つとなったらしい
戦後の安吾
昭和19年、津世子が亡くなり、日本は終戦を迎え、安吾はブレイクし人気作家となる。しかし常用していたヒロポンなどで心身ともにボロボロになり、48歳に脳出血で亡くなる

このような情報を頭に入れ、五城館にある矢田津世子文学記念室をツアーのみなさんと訪問しました。びっくりしたのは、ツアーに参加してくださったSさんが坂口安吾の遠縁のご関係でした。(言われてみると、眼鏡をかけたSさんとどことなく似ているかも・・・)何かが二人を引き合わせたのでしょうか。

安吾の津世子宛のハガキや手紙を同地でみることができ、津世子のことを好きだったことが偲ばれます。

津世子には「非常にストイックで生真面目」という評価と、「自身を作家として売り出す為文壇に力を持つ人々を利用した”悪魔”」と正反対の評価があり、どちらに近いのだろうか突き止めようとしましたが、手紙だけでは確信を持つに至りませんでした。彼女の本を読みこまないとだめみたいです

 

そして記念室を出て、二件目のやまひら薬店さんに向かいます。

やまひら薬店さんについて
やまひら薬店さんは2017年末まで続いた老舗薬店(100年以上と言われている)です。現在の湖東厚生病院(八郎潟町川崎地区。昭和40年代に現在地に移転統合)がかつて近隣にあった当時は24時間営業していたことも。秋田県立博物館の学芸員さんよると、当時の「薬店」では薬剤師が常駐せず店主がお客との対話で処方を決めていたそう。薬事法の規制により現在は「薬店」という形態はありません。

やまひら薬店の奥様は芸術文化に明るく、現役当時は陶芸、茶道、能舞など他分野に通じておられ、収集した書画などとともにご自身の創作品を多数収蔵されています。当ツアーでは貴重な作品をみんなで拝見させていただきました。私は前回も拝見させていただいたのですが、今回もほおっと感動。他の参加者は初めてですからびっくりされたのではないでしょうか。奥様の、今でも私以上に旺盛な好奇心をお持ちだったり、お人形を作られたり能面の絵を描かれたり、元気溌剌なお姿が印象的でした。

昨年に閉められた薬店も見学させていただきました。

お店のご主人によると六神丸はまだあるそうです。京都のお店みたいです。

奥様とのお話の中で印象的であったのは、前回のツアー先であった「高性寺」さんと家系的につながりがあること、また五城目に居た頃の矢田津世子のことをご存じだったこと。「今の五城目には津世子を知る人が居ない。(奥様は先の記念室を作ったメンバーで)あの記念室を作るのに苦労した」とおっしゃっていました。

ギャラリーものかたりに帰ると、共にガイドを務めたMさんがカレーうどん鍋を作ってくださり、参加のみなさんにふるまわれました。昨年9月に開催された「大人のなべっこ遠足」プログラムでカレーうどんを作った班(なぜか男性だけの班)があったからです。Mさんのお鍋は、おいしい蕎麦屋さんで食べることができる和風カレー出汁のようなお味でした。今回はかつおとこんぶ出汁。無事ツアーを終え安心しきってしまった為、うっかり写真を撮ることを忘れてしまいました・・・東京から移住されたKさん、ドイツに留学したことがあるKさん、安吾の遠縁であるSさんなど皆でうどんを食べながら、ストーブを囲いつつ諸々のお話をさせていただきました。楽しかったです。

 

五城目のプログラムが終わりさみしい限りですが、素敵な方々とご縁をいただき、また今までにない価値観を知ることができ、参加できて本当によかったとしみじみ思います。ここで学んだことをベースに、次の個人的プロジェクトに向けて動き始めています。簡単にはうまくいかないでしょうが、トライアンドエラーでやっていきます。

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